棚経こぼれ話 一人ではじめて篇

風の道・・・つれづれに・・・



 第33回 棚経こぼれ話 一人ではじめて篇

 棚経というのは、毎年のお盆の三日間、それぞれの家の仏壇に帰っているご先祖さまに、私たち坊さんがお経をあげに家々を廻る慣習をいう。

 それぞれのお檀家さんのお宅で、私たちを待ってくれているのは、大概お年寄りである。若い人たちは、時節柄何処へか出かけている。まあそれを止める必要もない。

 私は、師匠の方針で、小学生の時分から師匠と一緒に回り始めた。習いたてのお経を懸命によんだ後の、ジュースとケーキがひたすら楽しみだった。お檀家さんも、小さいながらに僧形である私をみて、とてもほめてくれたので、年々楽しくなっていった。  しかし、師匠はいつまでも庇護においていなかった。中学に入学した年の夏、私をたった一人で棚経に送り出したのである。

困ったのは会話である。お経はそれまでの経験があるので何とかなったのだが、年端もいかぬ十三の少年と、人生の酸いも甘いもかみ分けた八十過ぎのおじいさん・おばあさんの間にどんな会話が生じるというのだろう。

 自然、天気の話になった。

「ホントにこのところ暑いですね」
「そうだねえ、体がまいっちゃうよ」
「いいかげんおしめりがほしいですよね。畑の白菜も干上がっちゃいますね」

 ちなみに、おしめりと白菜の話題をだしているのが、私である。なんたる中学生。今の私がみたら、はり倒してやりたくなるような子どもである。

 でも、これが私という人間の骨格の、大きな一本を形成しているのは事実である。

 お年寄りの口から発せられる重い言葉、笑ってしまうような話、静かな言葉。家を辞去した後、夜の帷の遠くから聞こえてくる盆踊りの太鼓や笛の音。

 それらのたくさんの出来事を、これから折にふれ記していきたい。

 今日の所はこれまで。

 


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